【第9回】
「おふくろの味」が、子どもの体と心を育む。21世紀のミイラ
私は以前から「食育」について、あちこちで話したり、書いたりしてきた。このところ、ようやくいろんなところで食育が言われるようになってきて、本当に好ましい傾向だと喜んでいる。
教育には知育、徳育、体育があると言われてきているが、それ以前に、最も大切なことは食育である。人間の体が食べ物によって作られていることは、誰でも分かっているが、心も作られることを知らない人が、まだ多いのではないだろうか。
理想的な食事は、私たち日本人の祖先が作り上げてきた和食である。これは国内外の多くの専門家が調査した結果で、揺るぎない事実である。それがどうであろうか。戦後のアメリカ追従の思想がはびこって、欧米食が日本人の間にはびこってしまい、変な食事をする若者たちが増えている。生徒たちを見ていると、きちんと家から手作りの弁当を持ってくる者は年々少なくなり、コンビニで弁当を買って来る生徒が圧倒的に多い。彼らを見ていると、必ずや糖分の多いジュースやハンバーガーなどを一緒に携えている。
父母会などで、私は口をすっぱくして「出来るだけ、お母さんの手作りのお弁当を持たせてください」と言っているのだが、なかなか浸透しない。多くの子どもが、コンビニの袋から買ってきたものを取り出して、ほおばっている。「ふくろの味」では、子どもたちは育たない。「おふくろの味」が、きちんとした子どもたちを育てるのだ。
池上学院には寮があるので、生徒たちの食生活を見ていると、いろんなことがはっきりと分かってくる。
家庭できちんとした食事をしてきた子は必ず素晴らしい。伝統的な日本食を全く食べてこなかった子や、みそ汁を飲んだことのない生徒に接すると、悲しくなる。親は一体、どんなことを考えてきたのか。入学した当日から何か落ち着かない子や、行動がおかしな子は、必ずと言っていいほど、今まで食べてきたものがおかしい。私たちの寮できちんとした食生活をするに連れて直っていく。
きちんとした和食は体にもとても良い。以前、池上学院の寮に入っていた生徒で、かなり太っているD君という男の子がいた。彼は背は普通なのに、100キロ近い巨体だった。寮に入って最初の頃は「僕はこれが食べれない。僕はこんなもの食べたことがないから嫌だ」と、ものすごい偏食だった。そして、寮の食事をほとんど残して、コンビニでカップ麺や袋菓子やファーストフードを買い食いするのだった。
「D君、そんな偏食では脳にも良い影響が出ないよ。きちんと勉強をして、しっかり新しいことを覚えるためには、バランスのとれたきちんとした栄養が必要なんだよ」と諭したら、「ご飯って頭にもいいのかー。勉強できるようになるんだー。行きたい学校にも合格できるのかなー。ご飯が大事だなんて、そんなことお母さんは今まで教えてくれなかったー。池上先生、僕がんばって寮の食事を食べます」と言ってくれた。
D君は徐々にいろいろなものを食べるようになった。だんだんとコンビニで変なものを買って食べなくなり、寮の食事をきちんと残さず食べるようになった。
寮の食事は和食を基本にしている。ご飯と味噌汁に魚に野菜。納豆と海苔は基本だ。体に悪いわけがない。1年後、いつのまにかD君は30キロ近くやせて、スリムな体型になっていた。もちろん、希望の学校に合格できたのは言うまでもない。
「池上学院の寮で、ダイエット道場が開けますよね」と、よく生徒が言ったものだ。
先日も、保護司をしている私の旧友に会って、久し振りにいろんな話をした。そして、今の子どもたちの食べ物の話になった。私が寮での生徒の食べ物について話したら、彼は「いや、全くその通りなんだよ。この間、一番たちの悪い子たちが入っている少年院に行ったんだけど、そこの子どもたち全員が、口を揃えて『おふくろの味というものを食べてみたい』と言うんだ。おふくろの味を食べさせてもらえない環境にいたんだよ。子育てにはおふくろの味だよ。可哀相だよね、おふくろの味を分からないで育って来た子どもは。親と子の間の本当の愛情を経験出来なくて非行へと走っていったんだな」。
私はつくづく考えさせられた。子どもたちの狂暴化の根本にある原因は、食生活にあるのだと。
乱れた食生活や偏食などにより、低血糖に陥ることを警告する人は多い。分解吸収が早い菓子、ジュースなど、甘いものばかりを大量に摂取すると、血液中のブドウ糖値が急上昇する。その高すぎる血糖値を急いで下げようと、すい臓からインスリンが過剰に分泌されて、血糖が低下した状態を「低血糖症」と言う。その低血糖症が、ブドウ糖しかエネルギーとして使えない脳細胞の機能を低下させ、血糖を上げようとするアドレナリン(攻撃ホルモン)の分泌を促し、人を攻撃的にさせるのだ。すぐキレル子どもたちの原因だ。脳でブドウ糖をゆっくり分解させるには、やはり、穀物が一番だそうだ。
驚いたことに、家庭における米と菓子の購入金額を比較したデータでは、1987年に菓子が米を上回り、その差が開いてきていると言う。米をまったく買わない家もあるそうだ。なんと恐ろしいことだろう。
私の家庭では食事の時、家でも外でも飲み物は水やお茶しか飲まない。子どもたちをそのように育ててきたので、孫たちもやはり水か麦茶しか飲まない。あとは牛乳くらいだろうか。家庭での親のしっかりした食べ物に対する姿勢が大切だと思う。
家庭で手作りの食事をしない若者たちは街で買い食いをする。それらには多くの保存料、防腐剤をはじめとする様々な添加物が入っている。「抗菌、抗菌」と神経質に言って、体内の善玉菌まで全て殺してしまい、体内は無菌状態になる。人間の体はたくさんの悪玉菌と善玉菌で成り立っている。それを全部殺してしまうから、すぐ風邪はひくし、病気になりやすくなる。今、若者たちの体の中は、いろんな保存料などでいっぱいなのだ。
先日、ある葬儀屋の社長さんと話していて驚いた。交通事故で死者が出た時など、その死体に保存のための処理を施さなくてはならないのだが、年令を聞いて、10代とか20代の若者だと、死体処理を施さなくてもいい、と言うのだ。
今の若者たちは体中びっしりと、防腐剤や保存料が蓄積していて、そのままにしておいても腐らないと言う。普通の人間なら、死後の時間経過によって肉体は腐敗しはじめる。現代の若者の死体はいつまでたっても腐らないと言うのだ。
「腐るということは良いことだ」という時代になってきた。この間も家内が「いや、今日びっくりしたのよ。Yさんと買い物に出掛けたの。そしてあるパン屋の前を通り過ぎる時、彼女が『ねぇ、この店のパン腐るのよー』って言うので、変なことを言うなと思っていたら、実はなんとほめ言葉だったのよ」。
保存料などが色々入っていて、何日も腐らないパンを売っているパン屋が多いなか、その店は本当に良心的に自然そのままでパンを製造しているので、すぐ腐ると言うのだ。「この店のパン、腐るのよー」という言葉が、ほめ言葉になる時代になったのだ。
再び、先ほどの葬儀屋の社長さんの言うことで、またまた私はびっくりしてしまった。「アメリカは日本の火葬と違って土葬が多いんだけれど、若者たちの死体は何年たっても腐らないで、何かの事情でお墓から掘り起こした時に、腐らずにほぼそのまま綺麗な状態で出てくることが多いんだってさ」。なんとも恐ろしいことだ。アメリカのようにファーストフードやジャンクフードを食べ続けると、体の中は防腐剤だらけになるのだ。このままでいったら、数百年後、21世紀にもミイラが作られていた、なんていうことが、学者たちの研究対象になるかもしれない。
勉強が良くできる子どもにしたいのなら、大金をかけて幼児教育などする必要はない。きちんとした和食をお母さんが作って食べさせれば一番効果がある。
子どもの性格を穏やかで良くしたいのならば、口やかましく叱りつけるよりも、まずは栄養バランスの良い食事をお母さんが作ってあげるべきだ。
子どものスタイルをスリムに美しくしたいなら、わざわざお金をかけて水泳教室だの体操教室だのに通わすことはない。お母さんがきちんとしたお弁当を持たせればよい。
子どもに幸せな結婚をしてほしいと思うなら、お見合いに手間暇かけるよりも、お母さんが食事を作っている姿を子供に見せておくと良い。
子どもを想像力豊かに育てたいのなら、お母さんは子どもと一緒に料理を作ると良い。女の子であろうと、男の子であろうと、料理は想像力を鍛えてくれる。素材を工夫し、調理を工夫し、味付けを工夫できる。そして、何よりも料理は奥深く楽しいものなのだ。
そして、思いやりのある愛情豊かな子どもに育てたければ、ぜひとも料理を教えてほしい。食べてくれる相手のことを思わなければ、おいしい料理など作れはしないからだ。
【札幌タイムス 2003年6月19日(木) (18日発行) から、許可を得て転載】





