【第15回】
「言霊」と呼ばれる、不思議な力があるのだ。挨拶は大切
「おはようございます」「おはようございます」「おはよーございまーす」。その日、私は少年少女たちの元気の良い挨拶(あいさつ)に包まれていた。どの子もどの子も、実に礼儀正しく素晴らしい挨拶をする子どもたちだった。
私は本州のS高校へ見学に行っていた。S高校はLD(学習障害)の悩みを抱える生徒を中心に扱う通信制高校である。我々の「池上学院高等学校」立ち上げの参考にさせていただくため、色々とお世話になっている。そこでS高校の生徒の素晴らしい挨拶に出合い、私も、一緒に見学に来た職員も、目を丸くして驚いた。どうやってこんなに素晴らしい挨拶ができるようになるのか、ぜひ教えてほしいと頼んだ。S高校のスタッフの方は快く教えてくれた。
「あの子たちは皆1年生です。半分くらいの生徒がLD(学習障害)の子どもたちなんですけど、なかなかいい挨拶をするでしょ。でも、入学したての時は、全然挨拶できない子ばかりだったんです。しかも、中学時代は不登校気味だったり、引きこもりの一歩手前の子だったりしたんです」
「そういう子たちが、あそこまで素晴らしい挨拶ができるようになるんですか。すごい!だって、人前で声を出すことさえ難しい子もいたんじゃないですか」
「その通りです、池上先生。ほとんどが中学時代は人前で声を出せない子でした。最初の4月、5月くらいはなかなか挨拶できません。でも、職員の意識としては『挨拶は人間の基本だ。生徒たちを挨拶ができる子にしてあげよう。そのために職員一同努力しよう』って、統一してるんです」
「ほう。では挨拶の重要性を生徒に説明したりするんですか」
「もちろん、挨拶の重要性は説明もします。でも、挨拶をしろとは強制はしません。まずは信頼関係を築くことを第一にしてるんです」
「信頼関係…」
「ええ。一番良いのは寝食を共にすることです。S高校では6月ごろに3泊4日くらいの研修合宿があるんですよ。それで一気に生徒と先生の仲が深まるんです」
「確かに寝食を共にするというのはいいですね。3泊4日とは、先生方は大変そうですね」
「その通りなんです。えらく大変なんです。例えば、終灯時間はあります。でも、どうしても起きていたい生徒は、宿泊施設の1階の食堂は電気をつけているし、先生もいるから、そこにおいでと言っておくんです。寝たい人の邪魔はいけないからねということで。そうすると生徒たちは食堂にぞろぞろ来て、先生と普段できないような話をしたり、今まで話したことのないクラスメイトと話をしたりするんです。これで一気に生徒と先生の仲が深まるんです。ただし、生徒はそろそろ眠くなったから寝ると言って部屋に戻って行くんですが、先生はそうはいきません。生徒が1人戻ったと思うと、別の1人が起きてきて『目が覚めちゃった。先生お話しよう』って、来るんです。こっちは『うん。お話しようぜ』と応じます。その調子で、1人部屋に戻れば、別の生徒が下りてくる。また、1人部屋に戻れば、別の生徒が下りてくるの繰り返しです。3晩ともその調子ですよ。ですから、3晩で睡眠時間はどのくらいになると思いますか」
「睡眠時間ですか…、相当少ないんじゃないですか」
「ええ。3晩で睡眠時間は3時間くらいです。1日で3時間じゃないですよ。3晩合計して3時間くらいです。肉体的には相当きついですよ」
「いやあ、それは大変だ」
「でも、この合宿で信頼関係ができると、あとは生徒も我々の言うことにきちんと耳を傾けてくれるようになります」
「なるほど」
「例えば、職員室に生徒は自由に遊びに来ていいことになっています。職員室ですから、外部のお客さんとかが訪問されるじゃないですか。当然我々は『おはようございます。いらっしゃいませ』とか、お客さんに挨拶しますよね。でも、最初は生徒は挨拶できないんです。で、お客さんがお帰りになった後で、生徒に『お客さんにはきちんと挨拶をしておくれ。きちんと挨拶をしないと、お客さんに悪い印象を残してしまう。先生が恥ずかしい思いをすることもあるんだよ。頼むよ』と言うんです。すると生徒も『仲のいい先生に恥をかかせてはいけない』と思ってくれるのか、次から見事な挨拶をしてくれるようになるんですよ」
実に素晴らしい話だった。補足するならば、S高校の職員の方々自体も、実に皆さん素晴らしい挨拶をしている。大きな声ではっきりと「おはようございます」「失礼いたします」と、先生や職員のすべてが挨拶をし、良いお手本を生徒に見せているのだ。このような良いお手本がたくさんあるならば、生徒たちも素晴らしい挨拶が当たり前になり、自然と良い挨拶ができるようになるのだと思う。
果たして、世のお父さんお母さんは、良い挨拶を子どもの前で実践していらっしゃるだろうか。朝起きてきても、奥さんに「おはよう」も言わずに、黙ってトーストをパクつくお父さんはいらっしゃいませんか。「おはよう」も言わずに「なんで毎朝、ぎりぎりにならないと起きてこないの」と、子どもにお説教から始めるお母さんはいらっしゃいませんか。
挨拶をきちんとしていない家庭が、かなり多いようだ。
私の学生寮で預かっていた生徒の中に、食事の前に「いただきます」を言う習慣のない子がいた。なんで「いただきます」を食事のとき言わないのかと聞くと、「だって、僕の家ではだれも『いただきます』なんて言わなかったよ。朝は『ジャムにして』とか『バターだけでいい』とかが、家で最初に話す言葉だけど…」とのことだった。
ぜひともお父さんお母さん自身が、きちんと朝の挨拶から生活を始めてほしいものだ。
今私は、来春開校の池上学院高等学校の説明をさせていただくため、札幌市内の中学校、高校を多数訪問している。
中には生徒の挨拶が全くない、または挨拶があってもとても弱々しい学校もある。そういう学校は例外なく、先生や職員の挨拶も弱々しい。良い挨拶のお手本になっていないからだと思う。逆に先生方の挨拶が元気の良い学校は、例外なく生徒の挨拶も元気良く、礼儀正しいものだ。何事にも良いお手本が必要ということだ。
先日ある中学校を訪問する機会があった。生徒の挨拶は皆素晴らしい。校門を入った途端、帰宅する生徒たちが大きな声できちんと挨拶してくれる。とても気持ちのいい挨拶であった。あとで、その中学の校長先生が教えてくれた。「池上先生。あの垂れ幕をみてください」。垂れ幕には「日本一あいさつのいい学校」と、でかでかと書いてあった。「池上先生、これが我が校の目標なんです」。
挨拶の力を馬鹿にしてはいけない。たかが挨拶と侮ってはいけない。
現実的な話では、就職活動の面接で、まず最初に見られるのは「失礼いたします。おはようございます」と、入室してくる際の挨拶である。この挨拶が駄目ならば、面接官は「こりゃ挨拶もろくにできない奴か。駄目だな。見るからに元気がなさそうだ。社内でもこんな陰気な奴がいたらろくなことがない。ましてや、こんな陰気な奴がいたら、お客さんが嫌がって逃げてしまう。こんな奴を面接する時間はもったいないから、早く終わらして、早く帰ってもらおう」と判断する。即不採用だ。
逆に挨拶が元気で素晴らしければ「なんと礼儀正しく明るい挨拶だ。社内でも、お客さんとも、明るく上手にやっていけるに違いない。こんないい挨拶で迎えられたら、お客さんにも我が社の印象を良くしていただけて、商売繁盛だ。見るからに明るくて、はつらつとして、優秀そうじゃないか。こりゃあ、いい人材がとれたぞ」と、面接官は判断してくれる。即採用だ。
現実的な挨拶の効用を入試で考えてみよう。今や入試ではAO(アドミッション・オフィス)入試が急増している。AO入試とは面接と小論文による入試、と考えて間違いはない。AO入試では数学や国語といった、通常の筆記試験がないのだ。面接の重要性が極めて高い。ここでも就職の面接と同様に、挨拶が力を発揮する。
挨拶ひとつ満足にできないで入室すれば、面接の一番最初から悪印象を引きずることになる。悪い第一印象を覆すのは至難の業だ。逆に、良い挨拶で面接をスタートすれば、良い第一印象を保つことができる。挨拶ひとつで、AO入試による大学合格と不合格が分かれる可能性があるのだ。
むろん、挨拶は日々の生活にも影響する。高校生にもなれば、アルバイトのひとつもするだろう。その時にも当然面接がある。挨拶が悪ければ、何件アルバイトの面接に行っても落とされてばかり。最後に決まったのは、時給が低くて辛い条件のアルバイトになる可能性が高い。
逆に挨拶が良ければ、受けたところが全部受かって、一番時給が高くて条件の良いアルバイトにつくことができる可能性が高くなる。
挨拶が弱々しければ、学校や塾の友達からも「暗い奴だな。あいつと遊ぶと陰気な気分になりそうだ」と敬遠されるかもしれない。逆に挨拶が元気ならば、学校や塾の友達からも「明るい奴だな。あいつと話すと楽しそうだな」と、たくさん良い友達ができるかもしれない。
挨拶には力がある。昔の日本では、言葉には「言霊(ことだま)」と呼ばれる不思議な力があると信じられていた。挨拶にはまぎれもなく「言霊」と呼ばれる不思議な力があると私は信じているし、いつも実感している。
【札幌タイムス2003年7月31日(木)(30日発行)から、許可を得て転載】





