社会に貢献する素晴らしい人間作りに協力します。|池上公介の教育論|2003年度札幌タイムス掲載(全記事掲載中)

【第17回】
日本の伝統や習慣を、教え続けなくては…。浴衣の美

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夏の風情、夏の旬には、かき氷・西瓜・ヒマワリ・風鈴・うちわ・蚊取り線香・涼み台・セミの声・金魚売り・簾(すだれ)など色々あるが、その中の一つに花火がある。日本の夏の、まさに華と言えよう。花火を見ている私たちをホッとさせるもの、それが「浴衣」だ。花火と言えば浴衣、浴衣と言えば花火。親子連れや若い2人連れの浴衣姿はいつ見てもいいものだ。

しかし、昔と比べるとなんと浴衣姿が少なくなってしまったことか。とても寂しい。このところ、若い女の子たちが浴衣を着ている姿が少しずつ増えているのは、好ましい傾向だと喜んでいる。その一方、若い男性たち、いや中年の男性たちの浴衣姿を見るのは、全くと言っていいほど稀だ。世の中が忙しくなって来たのか、余裕がないのか、何が原因なのだろう。

そういう私自身も、夏に浴衣を着ることはほとんどない。毎年夏になると、なんとか着ようと思うのだが、ついついひと夏を過ごしてしまい「あ、今年も駄目だった。来年こそちゃんと浴衣を着よう。絶対にうちわを持って素足に下駄を履いて花火を見なくては」など、反省の繰り返しなのだ。

盆踊りだって、やはり浴衣を着て踊らなくちゃ風情がない。ポロシャツにジーパンといった、普通の洋服を着て踊りの輪の中にいると、まるで絵にならない。私が少年の頃は、お盆になると近所に盆踊りのやぐらが立ち、笛や太鼓の調子の音が聞こえてくると、もう体がそわそわして、急いで浴衣を着て盆踊りの輪の中に入ったものだ。私の踊り好きの原点はそこだったのかもしれない。

女性たちの浴衣姿が多くなってきたのはうれしいが、あのミニ浴衣だけはやめてほしい。最悪だ。浴衣の裾を膝上まで上げて、ミニスカートのように着られては、浴衣の良さなどあったものではない。そういう着方をしている若い女の子はたいてい茶髪で、壊れた鳥の巣のように逆毛を立ててボサボサにしている。おまけにジャラジャラとブレスレットやピアスで着飾る。風情も色気も吹っ飛んでしまっている。風にヒラヒラ裾が少し揺れ、広がりそうになる裾を押さえる仕草などが、日本の女性の美しい色気なのに、ミニ浴衣ではそんな風情がひとかけらも生まれてこない。国籍不明のなんか奇妙な衣装。寿司のネタにウィンナソーセージをのせ、マヨネーズを付けて食べるようなものだ。きちんと美しい着付けで浴衣を着てほしいものだ。

温泉以外で男性たちの浴衣姿を見ることがなくなったが、それが実は大変なことになってきた。既に気が付いていらっしゃる方もいると思うが、彼らは浴衣をきちんと着ることが出来ないのだ。見ていてうんざりしてしまうので、見たくないのだ。若者たちの浴衣の着方はまるで外国人だ。左右が違っている者もいるし、一番目につくのは、若い男性が女性のするように帯をウェストのところに巻いていることだ。それもゆるく。前がはだけてヒラヒラと裾が開き、まるでスカートのようにして歩いている。

外国人なら仕方がないが、正真正銘の日本人だ。女性はウェストで帯を締めるが、男性は腰骨のところできちんと締めるということを、どうも彼らは知らないようだ。

その点、さすが中年以上の男性たちは、惚れ惚れする浴衣の着方をしている人が少なくない。親たち、先輩たちから自然に覚えて、身に付いていったのだろう。決して学校で習ってなどいないだろう。このことが気になって、私は温泉に行くと、いつも客たちの浴衣の着方を観察するようになった。まず、若い男性は10 人中7、8人はまるでだらしのない、しまりのない浴衣姿だ。ウェストで帯を締めて、前が広がり裾をヒラヒラとさせている。

先日も、関西で教育者の大きな集会があり、私は講演者として招かれた。学校関係・塾関係の経営者、講師や教師など百数十名が来ていた。開催場所は海が見える温泉のついた立派なホテルだった。講演のあと懇親会があり、皆さんと交流をした。そんな中でも、何人かの30代、40代のなかなか好感の持てる教育者たちと酒を飲み交わすうちに、すっかり打ち解けて親しくなった。いろんな教育論で花が咲いた。夜遅くまで飲んでしまって温泉に入れなかったので、いい温泉だと聞いていたので、あくる朝早めに風呂に行った。昨夜の彼らが先に来ていたり、後から入ってきたりして、湯船で皆がなごやかに話をしながらゆったりした時間を持った。澄み渡った空と海を見ながら、温泉に入っているのはなんとも言えない最高の気分だった。

「あんまり気持ちがいいので、長湯になると湯あたりしそうですね。そろそろ出ましょうか」と1人が言い出し、一緒に出ることにした。さて風呂から出て、浴衣を着る段になって、私はびっくりしてしまった。昨夜話した中でも、一番しっかりした物の考え方をしていた若い教師(昨夜の話では彼は37歳で、すでに自分で塾を経営していて、生徒数もかなり抱えているとのことだった)が、なんとウェストのところで帯を締め出したのだ。びっくりした私は、そんな彼を黙って見ている訳にはいかなかった。

「あのー、あのですね、浴衣はそんな風に着るんじゃないんですよ。男はね、そんなに上に、ウェストのところで帯を締めるんじゃないんです。腰骨のところでキチンと締めるんです。ほら見てください。こんな風に。私の着方が分かりますか?」

「あっ、そうなんですか。全然知りませんでした。池上先生、すみませんが教えていただけませんか?」

「ええ、いいですとも。どうぞどうぞ。」

まさかこんなところで、浴衣の着付け教室を開くとは思ってもみなかった。

「いいですか。私が最初からやりますから、真似をしてみてください」

彼は素直に初めからやり始めた。すると、他3人が彼に声を掛けてきた。

「どうしたんですか?」

「今、池上先生から、浴衣の着方を習ってるんです。僕は全然分からなくて、変な着方をしてたんですよ」

「私たちにも教えてくださいよ。こんな機会めったにありませんから」

「いや、私は別に専門家じゃありませんが、どうぞ一緒にやってみてください」

脱衣場が臨時の浴衣着付け教室になった。

「じゃあまた、一から始めますよ」

「これでいいですか?」

「いや、裾をもっと引いて、そうそう、それでいいんですよ」

なんてやりながら、粋な着流しほどではないが、3人とも立派な日本男子になった。

「いや、本当にありがとうございました。こんなことを言ってくれる人がいなかったし、全然今まで知らないまま、変な着方してたんですね。日本人として恥ずかしいですよね。いやー良かったです、今朝は何か得した気分です」

と、こんな一幕があった。

知っている人なら、こうして注意し、教えることもできるが、見ず知らずの人たちにはなかなか出来るものではない。

考えてみると、今の若者たちは浴衣を着る機会がなくなり、教えられる場もなくそのまま大人になってしまっている。ある意味ではかわいそうだ。花火大会にしても、女の子は今でも結構浴衣を着ているが、男の子は皆無に近いと言っていいだろう。私の世代は、映画にしても時代劇などで着物姿の武士のチャンバラの時の裾さばきや、町人たちの粋な着物姿からいろいろ学ぶことが出来たけれど、今の若者たちは、時代劇など見ることはなくなってしまっているのだろうか。

先月も定山渓温泉で会合があり、私は1泊することになった。翌朝ホテルのロビーのおみやげコーナーは、みやげ物を求める観光客でいっぱいだった。そんな人たちの中で、買い物をしている20代前半だろうと思われる若い男女に目がとまった。その2人は、珍しくきちんとした浴衣の着方をしていたのだ。まるで、浴衣の着方の見本のようだった。私は感動した。「今時こんなカップルなかなかいないな。男も女も2人ともなんと美しいことだろう。こうしてきちんと着てもらうと、やはり日本人の美しさが引き立つなあ」などと思いながら、彼らに近づいた私は、思わず「えっ」と驚きの声を出すところだった。

なんとそのカップルは中国語で話をしていたのだ。私はとても不思議な気持ちになって、話しかけてみることにした。幸い私は中国語が話せるので、中国語で話しかけた。

「あなたたちはどこから来たの?」

「台湾からです」

「あなたたちの浴衣の着方は素晴らしいですよ。完ぺきですね。どうしてですか?」

「日本を訪れたのは初めてなんです。あこがれの日本の温泉に入るために、恥をかかないように、浴衣の着方を習って、練習してから来ました。これで大丈夫ですか?」

「ええ、ええ、大丈夫どころではありません。本当に完ぺきです。素晴らしいですよ。どうぞ日本の温泉を楽しんで台湾に帰ってください」

彼ら2人と別れて、私はなんだか複雑な気持ちになった。恥ずかしくなったのだ。そのうち、きちんとした浴衣の着方をしているのは外国人で、変な着方をしているのが日本人、ということになるのではないかと心細くなってきた。

日本の美しい伝統や習慣を伝えていくことが、難しい環境になってきている。これは何も浴衣だけではない。色々なことが、同じように伝わっていないのだろう。これはきっと氷山の一角にすぎない。いつの間にか、日本人は色々な大事なことを捨ててしまっている。それは私たちの責任だ。それぞれの家庭でもう一度振り返り、忘れていた日本人の美点を、お子さんやお孫さんにぜひ伝えていただきたい。彼らは知らないのだから、あなたが教えなければ誰が教えるのですか?

【札幌タイムス2003年8月14日(木)(13日発行)から、許可を得て転載】

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