社会に貢献する素晴らしい人間作りに協力します。|池上公介の教育論|2003年度札幌タイムス掲載(全記事掲載中)

【第22回】
母の誕生日は、毎年「イモごはん」だけだった。思い出深い誕生日

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皆さんは今までどんな誕生日を過ごしてきただろうか。

子どもの頃、お母さんがご馳走を作ってくれて、部屋をいつもとは違う素敵な飾り付けにしてくれて、お父さんが仕事で少し遅れて、「バースデー・ケーキを買ってきたよ。お前の好きなイチゴがたくさんのってるよ」などと言って部屋に入ってきて、暗くした部屋の中で家族皆に「ハッピーバースデー」の曲を歌ってもらい、ろうそくを吹き消した思い出など、だれにも共通しているのではないだろうか。

保育園や幼稚園のお友達を家に呼んでの誕生日も、思い出にあるかもしれない。バースデープレゼントは何よりもうれしい物だったに違いない。

私の場合、「誕生日」という言葉で、いつも頭に浮かんでくるのは自分自身の誕生日の思い出ではなく、私の母の誕生日のことである。

私や私の姉たちの誕生日には、素敵な飾り付けをした大きな大きなバースデー・ケーキが真ん中にあり、甘い香りのするお赤飯、色とりどりの具がたくさん入ったちらし寿司、あんこがびっしりと包まったおはぎがいくつもいくつもうず高く皿に盛られ、その他さまざまなご馳走がたくさん食卓に並べられて、見ているだけで心がウキウキするような誕生日だった。

しかし、私の母の誕生日には、毎年必ず「イモごはん」だけだった。その他はタクワン一切れだっておかずは無い。味噌汁だって無い。イモごはんだけしか私の母の誕生日には食卓に上らないのだ。小さく小さく賽(さい)の目に切ったサツマイモがご飯の中に入っていて、醤油で薄く味付けされただけの素っ気無いイモごはんだけなのだ。そして、イモごはんを前にして、毎年母はそのイモごはんのいわれを私や姉たちに聞かせるのだった。

「さあ、あんたたち、皆こちらに座って、私の話を聞いてちょうだい。今からズーッと昔の明治42年に、あんたたちのおじいちゃんとおばあちゃんは全くの裸一貫で何の財産も持たずに新潟県から北海道にやって来て、池上商店を創業したんだよ。頼る親戚も友人も誰もいない北海道に2人だけでね。おじいちゃんの実家は新潟の三条市というところで油の商売をやっていて、それなりに財産はあったの。でも、おじいちゃんは全てを捨てて、何の財産も持たずに北海道にやって来たの。『恵まれた環境でそのまま過ごすのは嫌だ。自分の力だけで挑戦したい』とおじいちゃんは思ったの。強い開拓者精神のある人だったんだね。どんな苦労があっても、どんな失敗をしても、絶対に成功するまで実家のある新潟の三条市には戻らないと心に決めていたの。だから、おじいちゃんは自分の兄弟たちや親戚たちと水盃(みずさかずき)を交わして新潟を旅立ったんだよ」

「お母さん、水盃ってなあに?」。1番幼かった私が聞いた。

「公介はまだ知らないかね。水盃というのはね、昔のお侍さんが戦の前に、死を覚悟して家族だとか仲間とお酒の代わりにお水の入った盃を飲むことだよ。お酒じゃおめでたいことになるからね。死を覚悟して、2度と会えないかもしれないから、お酒の代わりにお水の盃を飲むの」

「そんなに昔の北海道って怖かったの?」。今度は姉が聞いた。

「そうだよ。北海道はもともとアイヌの人が住んでいただけで、怖い怖いオオカミもたくさんいたし、大きな人食い熊だっていた。エゾシカだって子どものときは可愛いけど、大きくなったら、素手の人間じゃあとてもじゃないけど危ないよ。エゾシカには大きなツノがあるからね。それに昔は冬の間の雪がもっと激しかったからね。除雪車なんてもちろん無い。人の手だけで雪と戦わなければいけなかったの。そして、頼る人のいないところでゼロから商売を始める大変さは想像も出来ないくらい辛いよ。商売をやればその大変さが分かるよ。どんなに困っても、誰も助けてくれないんだから。商売が失敗して、食べるものも食べられず、薪(まき)を買うことも出来ず、冬の北海道で野垂れ死にをするかもしれないんだから。まあ、そのくらい大変だから、おじいちゃんは水盃を交わして北海道に来たの。それだけじゃないよ。おじいちゃんは辛くても戻らない背水の陣の覚悟で、北海道までの片道の運賃だけしか持たず、旅立ったんだよ。当時は今よりも交通の便が悪くて、実家の新潟から青森までは汽車に乗って、その後船で函館まで行って、そこからまた汽車で札幌まで揺られ、まるまる2日以上はかかるという大旅行だったんだね。当時は北海道は本州から見れば遠い遠い外国みたいなもんだったんだね。その当時、おじいちゃんが29歳、おばあちゃんはたった 18歳だったんだよ。ああ、でもあの頃は『数え年』で年齢を数えていたから、今の年齢にすれば、おじいちゃんが28歳、おばあちゃんはたった17歳だったの」

「うわー。おばあちゃん、17歳でそんな大冒険したの!?」。姉のどちらかが声を上げた。自分の年齢と比べてみたのだろう。

「そうさ。おじいちゃんもおばあちゃんもそんな若い頃に新天地に乗り出したんだね。昔は札幌駅から『馬鉄』という馬が引く小型の鉄道があったの。大正から昭和初期の短い間の操業だったから、あんたたちは知らないだろうね。昔は道路に舗装なんてされてないから、秋になると道路が田んぼのような泥沼になっちゃって、大きな水たまりもあちらこちらにできて、歩いて通るところもなくなるくらいだったのよ。馬車もぬかるみにはまって動けなくなってしまったの。だから、線路を敷いて、ぬかるんでも馬が馬車を引けるようにしたんだね。懐かしいよ。その馬鉄にのって札幌駅からまだ木製だった豊平橋を渡って、さらに連絡馬車に乗り継いでようやく豊平まで来たのよ。ちょうど移転してすぐの豊平町役場が今いるこの場所だったんだよ」

「へー。僕らが住んでるここって、昔は豊平町役場だったの。知らなかった」

「うん。そうだったんだよ。そうやって苦労してやってきたけど、最初は商売が上手くいかなくて、お金がなくなって、3日間もなにひとつごはんが食べれなかったことも何度も何度もあったんだって。おばあちゃんが私を産んだときも、産婆さん(昔、お医者さんの代わりに赤ちゃんを産む手伝いをしてくれた女の人)にお礼のお金が払えなくて、しばらく待ってもらったぐらい生活が辛かったの。産んですぐに休む間も無くおばあちゃんは私の産まれたお祝いの食べ物を作ろうとしたの。でもね、産婆さんにお金が払えないくらいだから、台所にはまるで何も無くて、サツマイモ1個が台所の隅にあっただけ。そのサツマイモを小さく小さく賽の目に切って、お米に入れて、醤油だけで味付けして、ふかして、イモごはんを作ったの。それが産まれたばかりの私へのせめてものお祝いだったの。そんなおばあちゃんの気持ちを忘れないために、毎年お母さんの誕生日はイモごはんだけなんだよ。そんな苦労をしながら、おじいちゃんとおばあちゃんは今日ある池上商店を作り上げたの。おじいちゃんたちだけじゃない。明治の時代は日本の各地から開拓者精神と勇気に溢れた人たちが未開の北海道にやって来て、風雪に耐え、並々ならない苦労をして、今の北海道を作りあげたのよ。その人たちのことを決して忘れてはいけませんよ。その人たちのご苦労に感謝してあんたたちは生きるのよ。3代目だからあんたたちは本当の道産子よ」

イモごはんを前にこんな話を母から聞かされ、祖父母の開拓者精神に感動し、北海道の名も無い開拓者の人々の冒険に感動した思い出が私には残っている。母の誕生日のたびに、少しづつ大人になる私たち子どもにちょっとずつ詳しい話を付け加えてくれるので、毎年感動を新たにしていたものだ。その夜は次々に母の知っている祖父母の苦労と成功のエピソードや、北海道の開拓者の冒険談を語ってくれたものだ。

実は少し前に池上学院も移転した。北海学園前に移転したのだ。新しいビルの誕生日を祝いましょうと社員から声が上がり、ささやかながら新しいビルの1室でお茶や軽い食べ物を前に新しいビルの誕生を祝った。大きなところで派手にやるよりも、そのほうが新しいビルに対する思い・期待が皆に伝わると思ったからだ。

来年4月の高校開設の準備に向けて、池上学院は職員一同、今は物すごい忙しさだ。以前のように私も職員とゆっくり話す時間がなかなかとれない。どうしても、報告・連絡のやり取りに終始してしまう毎日だ。しかし、この日は既に入っていた予定もキャンセルして、1日学院にいることにした。小さい部屋で、新しいビルの誕生日を祝う乾杯をし、日ごろ忙しくてゆっくりと話せない職員と久しぶりにじっくり楽しく話すことができた。そして、私は新しいビルに対する期待を皆に話した。

新しいビルで生徒さんがますます生き生きと過ごしてほしい。先生や職員も夢を持って明るく過ごしてほしい。そんな思いを込めて新しいビルの誕生日を祝った。

誕生日や記念日は人の心に何かを深く刻める良い機会なのだと思う。ぜひともその機会を大事にしたいものだ。皆さんも誰かの誕生日を祝うとき、ただのプレゼント交換に終わらせないでほしい。その子のルーツ(根っこ)を話す機会にぜひしてほしい。どれだけの思いと苦労と愛を込めて産まれて来たのかが、ルーツを話すとき明らかになるのだから。

私は今、母の命日には、子どもたちに母のイモごはんの話を毎回語っている。母の命日のたびに私の子どもたちにも、私の聞いた祖父母の苦労と成功のエピソードと北海道の開拓者の冒険を語るのだ。

【札幌タイムス2003年9月18日(木)(17日発行)から、許可を得て転載】

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