社会に貢献する素晴らしい人間作りに協力します。|池上公介の教育論|2003年度札幌タイムス掲載(全記事掲載中)

【第25回】
祖父に教わった、日本人の生活の原点。質素・倹約

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時代がどう変わろうと、やはり生活の真理はひとつだと思う。日本人の生活の原点として、昔から質素・倹約ということが言い伝えられ、私たち日本人は常にその言葉をかみしめて暮らして来たと思う。

もちろん、その本質、素晴らしさが分からず、虚飾と浪費にうつつを抜かして来た人もずいぶんいたが、彼らは必ずと言っていいほど、最終的には惨めな人生の終末を迎えねばならなかったのは、歴史が教えてくれている。私の今までの60数年の人生においても、虚飾と浪費の生活にうつつを抜かし、崩壊していった人々の例をいやと言うほど見せつけられてきた。しかし、戦後、アメリカの大量生産、大量消費、浪費がまるで美徳のようにもてはやされ、日本人も知らず知らずにその考え方に犯され、頭がおかしくなっていったことは事実である。

今、改めて頭を冷やして考え直す時が来ている。地球の資源は無限ではない。食物を例に取っても、過食、飽食で米国はどうにもならなくなって来ているのに、日本のテレビにはグルメ番組が相変わらず多く、どの局にチャンネルを回しても煩雑(はんざつ)に出てくるし、早食い競争だの、大食い大会だといまだにやっている。

米国はすでにだいぶ以前から肥満がかなり深刻な状態になっているのだ。新聞の記事によると国民の6割がやや肥満で、2割が病的肥満だと言う。要するに10 人中8人が肥満なのだ。米国に行った経験のある方は見ているだろう。日本では考えられないデフデフの体、歩くたびに体が揺れて、まるで、ブタかカバかといった姿のアメリカ人を多く見たことだろう。彼、彼女1人の食べる量で、何人の貧しい国の人たちが生き延びることが出来るだろう。しかし、知らず知らずのうちに日本人の中にも、それに近い体形の人が現れて来た。体にとっても何もいいことはない。いろんな病気の原因を作るだけだ。そしてそれが医療費の膨大な無駄使いにつながる。必要以上に食べずに、その分を地球上で食物にありつけず餓死していかなくてはならない人たちに配分すべきだろう。

私たちが世界に誇る今まで伝わってきた日本食の良さ、食べ方を、自分たちが模範となって他国の人に教えるべきなのに、そのことに気が付かずに、米国流の食生活に流されている日本人が多くなっているのは悲しいことだ。質素な食事こそ、今見直されるべきなのだが。

質素と並んで倹約の心も、日本人が子々孫々に伝えて来た最善の生き方だ。私の経験の中でも祖父母から教えられた本当の倹約とは何かが、今も脈々と私の血の中に流れている。

祖父はことあるごとに、幼い私をつかまえて「いいか、どんな時にも、自分の信念を貫け。『百万人といえども我ゆかん』の気持ちを持つんだぞ。忘れるな」と、耳にタコが出来るほど言い続けた。幼い私にも「おじいちゃんの言うことは、百万人の人が右と言っても、自分がよく考えて正しいと信じたら左へ行くことかな」とおぼろげに考えていたように思う。

私の中にその言葉が強く残り、常にそのことを考えながら行動して来たように思う。

「百万人といえども我ゆかん」と祖父が私に言ったのは、孟子(中国・戦国時代の思想家)の言葉「自反而縮、雖千萬人吾往矣(自ら反みて、なおくんば、千万人といえども吾往かん)」だと気が付いたのは、成人してかなりたってからだった。昔の人は本当によく勉強していたものだ。祖父は明治のことだから、寺小屋か小学校ぐらいしか出ていなかったはずなのだが、大学で勉強した私など及びもつかないくらい、数段も知識が豊富だった。今になって振り返ってみると、改めて、そのすごさに驚いてしまう。

祖父は私を自分の前に座らせて、いろんなことを話してくれたものだった。倹約について教えられた言葉についても、今でも昨日のように思い出す。それも倹約とケチとの違いについてであった。

「倹約とケチはな、実は天と地ほどの差があるんだ。人間はな、倹約をしなきゃ駄目だ。いいか、よく聞けよ。自分のために物事をするのはケチだ。つまり、それは欲だな。倹約とはな、天下のため、すなわち世の中のため、この世の中のため、この世にいる人間みんなのためにすることだ。そう言ってもまだ、お前にはよく分からないだろうな。よし、何か例に取って見よう。例えばだ、電球を三つつけているところを二つで済むようにすることを倹約と言うんだ。電気をつけっ放しにしていると電気代がかさむ。これを自分が電気代を払うのが惜しい、少しでも安く払うために、と電気を消すのはケチだ。電気をこまめに消して、エネルギーを無駄に使わないで、少しでも地球全体、人類全体のために残しておこう、そう思って電気を使わないでおくのが倹約だ。今はまだ分からないかもしれないが、必ず分かる時がくる」

「それで、おじいちゃんは電気をつけっ放しにしておくと、うるさいんだね」

「そうだ。少しは分かったか」

こんな会話がずいぶんと続いたものだ。それでも電気を消すのをつい忘れてしまって、よく祖父に叱られたものだった。時には、私の後ろにいつの間にか付いて来ていて、私が電気を消すのを忘れていたりすると、背後から大きな声がしたものだ。

「こら何度言ったら分かるんだ。無駄な電気はすぐ消せ。倹約だ」

あの声が今でも耳に残っている。何かあるごとに、例を挙げて祖父は教えてくれたものだった。

「ものは大事に大事に使え。一つあれば充分だ。大事に使えば一生使えるぞ。そうすれば、また買う必要がない」

自分で言うからには、祖父はそれを実践して私たちに示してくれた。今でも親戚中で次の話は有名で、伝説のように言われている。

祖父は一足の靴を36年間履き通した。一つの物を一生使い切ることを私たちに見せたかったのだと思う。大事に大事に靴を履き、少し傷んでくると靴の修理屋に頼むのだった。修理屋からも「もうこれ以上はとても直せません、買った方がいいですよ。その方がずっと安いかも知れませんよ」と、何度言われたか分らないくらいなのだが、祖父は頑として譲らず、修理に出すのだった。私たちが祖父の使いでその古い靴を修理屋に持って行くのが恥ずかしくなり、皆んなで話し合って新しい靴をプレゼントしたことがあった。しかし、祖父は「俺はこの靴がいいんだ」と言って、絶対に新しい靴を履くことはなかった。

郷里である新潟を祖父が久し振りに訪ねた時、親戚の者たちは祖父がまだあの靴を履いていることを知り、びっくりして、やはり新しい靴をプレゼントした。しかし祖父はその時も「いや、俺はこの靴が一番いいんだ。どんなことをしても直してみせるよ」と言って、新しい靴を返してしまった。

私たちが恐縮して靴の修理屋さんに「申し訳ありません。またこの靴をお願いしたいんです。もう直しようがありませんよね」と、祖父の例の靴を恐る恐る差し出すと、「はい、はい、おじいちゃんの靴ですね。分かりました。何とか直してみます。これはやりがいがありますよ。職人みょうりにつきますよ」と言って、受け取ってくれるようにさえなった。

明治の男の気骨と言うか、頑固と言うか、一徹と言うか、倹約・質素ということを私たちに見せるために、どうしてもそうしなければならなかったのだと思う。ここで自分の生き方を変えて新しい靴を履いてしまったら、男がすたるということなのだろう。

私も若い時は「おじいちゃんはどうして頑固なんだろう。新しい靴を買った方がずっと安いのに」と考えたが、今の私は祖父の気持ちが痛いほど理解出来て、その精神が私の中に伝わっていることが分かる。36年間、一足の靴を履き通した祖父の生き方の中には、ものを大事に使う大切さのほかに、私たちへの教訓がいっぱい詰まっているように思われてならない。

「倹約の本当の精神を必ず分かる時がくる」と祖父は言ったが、確かに年月を重ねるごとにその意味がしみじみと分かるようになってきた。

これもある程度の年齢になった時、江戸時代の石門心学(仏教の教えを広く取り入れ日常生活に即した学問。特に、倹約、正直を中心に平易に教えた)の祖、石田梅巌の文が目に止まり、私はびっくりしてしまった。「都鄙問答(とひもんどう)」という本に出てくるもので、次のような内容だった。

「倹約は我が為にものごとをしわくするにあらず。世界に三ついるものを二つにして済むようにすることを倹約と言う。我が為にしわいことなすは欲心にして倹約にてはなし。倹約は天下の為になすこと」

祖父はこの言葉を、幼い私にかみ砕いて分かりやすく説いたのであろう。

祖父からその精神を受け継いだ私は、次の世代に、いつの世になっても変わらないであろう真理として「往生要集」(仏教経論集・源信著)にある「足ること知らば、貧といえども富と名づくべし、財ありとも欲多ければこれを貧と名づく」という言葉を贈りたい。「足ることを知る」。これは現代人に最も必要な生き方だろう。もっともっとと常に欲望を追い続けるなら、いつも欲求不満で安定した気持ちになることはない。それは貧であり、餓鬼(がき)の世界だ。日本人の精神の中には「足ることを知る」というこの考え方が、脈々と流れていたのだ。しかし近年、心貧しき人々がちまたにあふれ、日本人の行く先が危ぶまれる。

【札幌タイムス2003年10月9日(木)(8日発行)から、許可を得て転載】

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