社会に貢献する素晴らしい人間作りに協力します。|池上公介の教育論|2003年度札幌タイムス掲載(全記事掲載中)

【第32回】
何事も基礎が第一。 法隆寺の五重塔も、勉強も同じことなのだ

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池上学院は総合学院として、色々な部門がある。日中は大学受験個別特訓予備校と大検個別特訓予備校、さらに小・中学生の不登校生のためのオープンスクールがある。生徒さんたちが生き生きとして勉強に励む姿を見るのが、私の至福の時だ。

そして、夜間は個別指導塾部門がにぎわしくなる。師走のその日も夕方5時から始まる塾部門の授業も終了し、生徒さんも、先生も、ほとんどが帰宅して、職員 2人が事務局の掃除をしていた。時計の針はとうに夜の10時を回っていた。私もそろそろ帰り支度をしようと思っていたとき、電話が鳴った。

まだ残っていた女子事務員の1人が受話器を取った。聞いていると入塾の問い合わせらしいのだが、何か難しい話らしい。彼女がとても困っている様子なので、私はそばに近づいて行った。私が「代わろうか」と言うと、「すみません。代わってもらえますか。何か、私にはとても…」と言う。早速、私が代わって応対した。「電話代わりました」。

その電話の主は、ずいぶん高飛車な偉ぶった感じの母親からであった。

「あのね、今も言ったんですけど、お宅では高校の勉強は教えてもらえないの?」

「高校の勉強ですか。もちろん教えておりますよ。全教科、英語、数学はもとより、国語は現国、古典、小論文、物理、化学、生物、日本史、世界史、地理、政経すべてやっております。うちの個別指導塾部門は小、中学生より高校生の方が多いんですよ。それで、お宅のお子さんは高校何年生なんですか?」

「いいえ、うちの娘は中学1年生なんです。高校の勉強はしてもらえるんでしょう?」

「はい、しかし、うちでは、まずそのお子さんの実力を調べさせてもらい、その上で、その実力のところから勉強をスタートさせていただいております」

「あら、すぐ、高校の勉強をさせてもらえないの?」

「お嬢さんはかなり優秀な生徒さんなんですね」

「ええ、もちろんです。うちの娘はネ、市内のトップ校の片手です。片手なんです」

私は一瞬、この母親は何を言っているのかと思った。「片手だって、ああ、そうか」と、すぐに納得がいった。片手の5本の指に入っている、つまり学年で5番以内に入っているということなのだ。それを片手ですと言った訳だ。

「優秀なのは分かりました。しかし、ただ急に高度なことをしても、身に付きません。中学の基礎がしっかりできているようなら、高校から始めることはできますが…」

「あら、だって、山田由美さん(仮名)は高校の古典をやってんじゃないですか?」

「ああ、中学3年生の山田さんですね。はい確かに英語と古典は高校レベルをやっています。彼女は小学校から、しっかり、うちで勉強をやって中学レベルは完全にクリアしてから高校レベルに入っていったんです。何と言っても基礎がきちんとしていないと、後になって崩れてしまいますから。電話ではなんですから、一度面談に来ていただけますか。その時にじっくりお話をしたいと思います」と、私は説明した。中学3年生の山田由美は、3年間学年トップの少女だった。勉強に対する姿勢も素晴らしく、その上、いつも謙虚で、その継続力に私は感動していた。

「あらそう。すぐ高校の勉強はやってもらえないの。じゃ、すぐ面接に行きます。明日行きますから。いいですね」と、電話の母親は無愛想な声。

「はい、結構です。何時がよろしいですか?」

「7時に!」

「明日の夕方7時ですね。お待ちしています」と、一応電話を切った。

池上学院は個別指導だから、色んな生徒に対応できる。優秀な子、いや優秀すぎる子は浮き上がりとなり、学校や普通の塾では、いつも足踏みをさせられ、周りに合わせて我慢をしていなければならない。自分の力を思うようにのばしていけないのだ。また、落ちこぼれの子は、分からない授業を学校でやらされた上に、普通の塾でまた同じ思いをしているのだ。

4歳になるM君がお母さんと一緒に相談に来た。とても謙虚なお母さんだった。

「先生、私とても困っているんです。小学生の兄は普通の子なんですが、この子は物心つく頃から、兄と同じものをしたがりまして、特に勉強にとても興味があるんです。遊び道具を与えても、それよりも字を教えてほしい、数字を教えてほしいとせがみます。どうも本人にとっては、勉強が遊びのようなんです。国語や算数は私が教えて来ましたが、この頃は英語を教えてほしいとせがむんです。私も主人もどうせ大人になったら普通の人になるんだからと特別にどうこうという考えはないんですが、とにかく、この子が望むものですから、池上学院のことを聞いたものですから、相談に伺いました」

そばでM君が目をぱっちり開けて、聡明そうな顔でほほえんでいた。

「M君、勉強好きかい?」と私が聞くと「うん、好き」とはっきり答えた。

私が英語でやさしい質問をすると、きちんと答えられた。算数なども小学校4年生程度まで確実にできた。現時点での実力は相当なものだったので、本格的に彼の勉強をスタートさせることにした。彼のために小さな机と椅子を揃えた。

私は英会話を担当した。彼が来ると「こんばんは」と声がするけれど、姿が見えない。ロビーのカウンター越しに下をのぞくと、小さな彼が勉強のカバンを持って、ニッコリしていた。

私は彼を小学校低学年の英会話クラスに入れ、始めてみた。なんと彼はどのお兄ちゃんたちよりも覚えがいいのだ。4歳の幼児が小学校2、3年生をはるかに越えてしまうのだ。他の教科の先生たちも驚いてしまった。個別指導はこういった子どものためには、とても大切なことだとつくづく実感する。

S君は小学校4年生で、英語は高校3年まで終了し、英検2級にも見事合格してしまった。

ただ、心配なのは、こういった子どもは学校の授業の時には、どうなってるんだろう。やさしすぎる勉強を我慢して聞いてるのだろうか。それとも復習という気持ちでやっているのだろうか。

また、反対に落ちこぼれや学力不振と言われた生徒さんたちとも、どの位、出会ってきただろう。その子の分かるところまで下げていき、その子に合わせて勉強を始めていくと、必ず勉強が分かり出していく。その時の彼らの分かる喜びから学ぶ喜びを体験した時のうれしい顔は素晴らしい。

高校3年生なのに中1からやり直した子も、中学3年生なのに小学校からやり直した子もいる。その子にとって、本当に分かるところまで下げて、その子にあったペースでやり直しをして行くことは、個別指導だからできるのだ。ただ残念なことに、このところ個別指導がいいということで、あっちでもこっちでも、ただ個別指導と銘打っているだけで、本当の意味できちんとした個別指導ができているところが、どのくらいあるのだろうか。

さて、例の「うちの娘は片手です」と言った親子に話を戻そう。次の日に私は彼らを待っていた。女子事務員が彼らが来たことを告げて、私の部屋のドアを開けた。なんとおごり高ぶったような感じで、肩を切って中1の娘を先頭に、母親そして父親が入ってきた。それも全員が帽子をかぶって、コートを着たままである。

私はとっさにその娘に向かって大声を上げた。

「部屋に入る時は、帽子とコートは脱いでから入るものです。そういうことを分からない人がいるのは困ったことです」

3人ともびっくりして帽子とコートを脱いだ。そんなことを今まで言われたことがないのだろう。父親は医者だった。3人ともかなり高級なものを身につけていた。今までは、何でも自分のペースでやってきたように見受けられた。学校でも多分、それまでの塾や家庭教師も言いなりになっていたのだろうか。座ったとたん、母親は自分の考えをまくしたてた。私はそれをさえぎった。

「お母さん、それは間違っています」と、私は諭すように教えた。それでも、その母親は自分流の勉強のやり方まで、言い出し始めた。

「お母さん、それも間違っています。あなたは教師ですか。教えるプロですか。そうであれば、ここに来る必要はないんですよ。建築を考えてみてください。基礎を固めずに、10階、20階の建物が作れますか?掘っ立て小屋ならまだしも、2、3階も立てないうちに、壊れてしまいますよ」

私はかなり強い調子で話し出した。「日本建築を代表する奈良の法隆寺の五重塔は、1300年も沈むことなく建っているのは、がっちりした基礎づくりにあるのです。地面を、地山といって固いしっかりした層まで掘り下げるんです。これは強くしっかりした粘土層で、地表から5尺(約1・.5m)ほど下です。そこまで掘り下げて、固い地山の上に良質の粘土を1寸(約3cm)ぐらいつき固め、その上に砂をおいて、つき固めというのを繰り返して、地上から5尺上まで基盤を作り上げてあるんです。塔や堂はこうしたしっかりした土台の上に建っているんです。記録にあるだけでも40回以上の大地震が近畿地方にあったそうです。それでも法隆寺の五重塔はびくともせず、今でもしっかりと建っているんです。建物の例ひとつとっても、いかに基礎工事が大切かお分かりになりますか」

今までこんな風に言われたことがなかったのだろう。最初はビックリしていたが、段々納得するようになっていった。そして最後には、「先生、お任せします。私の考え方が間違っていました。基礎からやり直しをしてください」と、頭を下げた。その間中、父親は一言も発せず、ただおろおろしている感じであった。このところ、多くなってきた去勢された父親、完全支配の母親の典型的な例であった。

【札幌タイムス2003年11月27日(木)(26日発行)から、許可を得て転載】

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