社会に貢献する素晴らしい人間作りに協力します。|池上公介の教育論|2003年度札幌タイムス掲載(全記事掲載中)

【第35回】
平成の花咲じいさん。老後の生き方を教えてくれた、近所のおじさん

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近所に住む岡島のおじさんに初めて会ったのは、もう10年以上も前になるなんて、思ってもみなかった。あまりにも月日が早くたつのに驚いた。今朝も私は、いつも笑顔で元気いっぱいのおじさんに出勤途中で出会った。「おはようございます」と私に気が付いて、おじさんは元気にあいさつをしてくれた。「おはようございます。おじさん、いつも元気だね。ところでいくつになったの」と、私が聞くと「82歳になったんだよ」とおじさんが答えたので、びっくりしてしまった。

「えっ、65歳くらいだとばかり思っていた。と言うことは、おじさんに初めて会ったとき、確か65歳くらいだったから、あれからもう17年もたったんだね」

「ああ、そんなになったかね」

私は二重に驚いていた。おじさんが17年前と少しも変わらず、65歳くらいにしか見えないのと、初めて会ってから17年も経過したことだった。ほとんど毎日顔を合わせているので、年月に気が付かなかったのだろうか。

あれは17年前の冬、雪がたくさん降った朝だった。目を覚まして窓から外を見ると、屋根には前夜から降った雪がたくさん積もっていた。「これは大変だ。家の前の雪かきをしなくちゃ」と思い、急いで身支度をして玄関を出た。「あれっ?」。どうしたというのだろうか。家の前がきれいに除雪されていたのだ。そして、両隣まで。「おかしいな。まさか、市の除雪車が来たとしても、家の玄関の前まできちんと雪かきをしてくれるわけがないし…」などと不思議に思ってよく見ると、2軒隣を一生懸命に雪かきしているおじさんがいた。

「あの、すいません。おじさんですか?家の前の雪かきをしてくれたのは?」

「はい、そうです」

「いや、申し訳ありません」

「いやいや、好きでやってるんですから。私ね、定年になってから何もすることなくてさ。体もなまってしまうし、自分の家の雪かきをしているうちに、隣の雪も気になって・。やっているうちに、その隣も、また隣もと雪かきをしてしまったのさ。まだ体力も余ってるしさ。町内をきれいにすると、すがすがしくて、気持ちいいでしょ」

「そうですか」と、私は感心して目を丸くした。

「定年前までは何の仕事をしてたんですか?」

「函館の大沼にあるホテルで働いていたんですよ。退職してから札幌に移って、お宅の近所に住んでるんですよ」

少し立ち話をして、私がィ礼を言って家に入ろうとして後ろを見ると、おじさんはまた黙々と近所の家の前の雪かきを続けていた。

その日から、おじさんの雪かきする姿が雪の積もった日には必ず見られた。しかし、よく観察していると、それだけではなかった。普段の日は近所の掃除を黙々としている。そして出会った人には元気に笑顔で挨拶をしている。私は心から感動した。

ある日も、おじさんから元気に声をかけられた。

「こんちには」。「あっ、こんにちは。おじさん、いつも偉いね」と私が言うと「なんもさ。俺も人一倍飲みたい、食べたい方だからね。何もしないでいてはだめさ。一生懸命働いて体を動かしたら、飲んだり食べたりも本当においしいからね。健康さ、健康のためにしているんだよ」。

春になると、おじさんは近所に花を飾り出した。自分の家のまわりで、それはそれは色々な花を丹精込めて育てて、近所に配って歩くのだ。町内が花いっぱいになっていく。私の家の前にも美しい花を置いていってくれる。黙って、してもらってばかりいるわけにもいかないので、おじさんのせっかくの行為、ボランティアの気持ちを壊さない範囲で、心ばかりのお礼をすることにした。

「いや、そんなことでやってるんじゃないから。みんなに喜んでもらうのがうれしいからね。そうかい、それじゃ喜んでいただきます。花の種を買ったり、鉢を買ったりするのに使わせてもらうから」と気持ちよく受け取ってくれるようになった。一年中、四季折々の花々が家の玄関を飾るようになった。

おじさんは自分の庭と、家のまわりの路地いっぱいを使って花や野菜を育てているのだが、どうしても狭すぎる。場所によっては日陰になるので、時間を見ながらおじさんはたくさんの鉢を移動させる。私は空いている土地があったので「家の空いている土地を使ってもいいですよ」と申し出ると、早速、色々な花や野菜を植え始めた。トマトや豆やキュウリ、ナスが、街のど真ん中の空き地で育っている。「やっぱり鉢で育てるのと、大地で育てるのとは全然違うよ。鉢なら毎日の水やりや肥料が大変なんだ」とおじさんは言う。

毎日毎日、おじさんが野菜や花々に手をかけている様子が、我が家の窓から見受けられる。とても心和む風景だ。春、夏と色々な花や野菜を楽しませてもらえる。秋になると素晴らしい菊を作り上げて、近所の家に持ってきてくれる。今年も我が家の玄関に、おじさんの手塩にかけた菊が置かれている。

おじさんに影響を受けたのか、私もこのところガーデニングに目覚めてきた。植物を育てる素晴らしさを教えられたのだ。我が家の屋上にルーフガーデンを作った。これはもちろん、おじさんに手伝ってもらうのではなく、私が全部水やりから肥料からすべてやっている。

「どなたが世話をしてるんですか」とよく聞かれる。「私がやってるんですよ。」と、少し胸を張って言うと「へぇー、忙しいのによくやりますね」と感心される。これがまた私には実にうれしいのだ。

家の中の観葉植物も私がすべて手入れをしている。出張などで家を空けると、すっかりだらっとしてしまった植物を見てがっかりしてしまう。毎日毎日よく見ていないと、うまく育っていかない。ちょっとでも虫がついたり、病気にかかってしまった時も、すぐ処理をしないと、あっという間に虫でいっぱいになったり、病気が広がってしまう。子どもたちと同じだな、と変に感心してしまう。虫がついたり、病気にかかると、私はおじさんに聞く。適切なアドバイスをしてくれるので、とても助かるのだ。

退職後の生き方として、岡島のおじさんの生き方に感心してしまう。毎日、まわり近所のために働いている。自分のしていることで皆から喜ばれ、感謝されるということは最高だ。そんな日々を重ねているからなのか、おじさんの顔は全くえびす顔なのだ。町内に花を咲かせる「平成の花咲じいさん」と私は心の中で思っている。

おじさんと立ち話のときに聞いてみた。

「おじさん、どう見たって82歳にはとても見えないよ。どこも悪いところはないの?」

「いや、おかげさまで、今のところどこも何ともないんだわ。働けば働くほど、元気になっていくみたいだな」

おじさんの働いている姿を見たら、きっと誰もその年齢は分からないだろう。両手に水のいっぱい入ったじょうろを持っていたりする。とても重くて、普通なら 80代の老人のすることではない。重いものも軽々と持ち上げている。日々の労働が体を鍛えてくれているのだろう。生きがいのある老後をおじさんは実践しているのだ。

隣棟には娘さん夫婦と孫が住み、自分は生き生きとして働く。本当に理想的な老後ではないか。

退職して2、3年たった年金暮らしの知人に会った。会ったとたん、彼が私に言ったのは「いやー、金がないとだめだよ、金がないとね。ゴルフを毎日やるには、金がないとだめだよ。退職して毎日ゴルフ三昧できると思ったら、とんでもない。週に2、3回がせいぜいだよ。やっぱり金がないとだめさ!今さら働きたくないし。つまらない毎日さ」と始まって、日々の生活について不平不満たらたらなのだ。

退職してどう遊べるかが発想の中心なのだ。働き続けたいが、仕事が見つからない人も多いのは確かだ。しかし、どこかに勤めることだけが仕事ではない。自ら仕事を生み出していく生き方もある。考え方ひとつで老後の生活は右にも左にも行ってしまう。

生きがいのある人生の送り方を、岡島のおじさんの生き方は示唆してくれているのではないか。私は心の中で拍手をしている。できることなら私も、死ぬまで現役でいたいと思っている。

【札幌タイムス2003年12月17日(木)(16日発行)から、許可を得て転載】

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