【第39回】
マイナスをプラスへ。人生は考え方次第。1分1秒、今日1日を大事に生きる
古い友人の1人と、久しぶりにある会合で出会い、会の後、2人で飲むことになった。彼とは長い付き合いなのだが、どうした訳か、今まで1度も一緒に飲んだことがなかった。彼は高校もトップ校を優秀な成績で卒業、超一流大学に現役で進み、そして一流企業とトントン拍子に上り詰めた人物で「こんなにスムーズに出世する人もいるんだなぁ」と、私は感心して眺めていたものである。日中に食事をしたり、お茶を飲むことは今までに何回もあったのだが、夜飲む機会はその時まではなかった。
会合の後、私は帰宅しようと思い、タクシーを待っていたところに彼が近づいてきた。
「この後、忙しいの?何か用事でもあるの?」
「いや、別にないんだけれど…」
「それじゃ、久しぶりに会ったんだから少し付き合ってよ。行きつけの所があるから」
というわけで、ススキノの飲食店ビル2階にある大きなスナックに入った。お客はまばらで、私たちは隅っこの席に座った。その店の経営者らしいママが、彼に挨拶にやってきた。彼は今夜は友人と話をするので、席をはずしてほしいと言った。それまで、気が付かなかったのだが、彼は前の会合でかなり飲んだのか、もうすでに酔っていた。何か私に話したくて誘ったようだった。
「私は色々な人物をたくさん知っているけれど、あなたのように人生をスムーズに上って行った人はあまりいないよね。教育環境にもかなり恵まれていたんでしょう」と私が話し出すと、彼はそれを遮るように「いや、とんでもない。小学校の時まではある程度、恵まれた環境に育ったと思いますよ。ところがね、中学校に入った時に親父の会社が倒産しちゃってね。それからが、どん底の生活になってしまったんですよ。それに追い打ちをかけるように親父が倒れて、病床についてしまって…。家計を助けるために、中学校1年生で私は朝早くから新聞配達と豆腐屋で働き、学校が終わるとすぐ古本屋で働いたんですよ。その他にも、できるだけ色々なアルバイトをしました」と話しはじめた。
「へぇー、そうだったの。全然今まで分からなかったですよ」
「私には恩人がいるんです。その人には足を向けて寝られないんですよ」
貧しくなった少年によほどの援助を与えた人、つまり足長おじさんでもいたのかなと私は思った。ところが私の考えとは全く違う話だった。
「うちの近所に結構手広く中小企業をやっている家の御曹司(おんぞうし)がいましてね。彼は小学校の時から町内でも有名ながき大将で、子どもたちから一目も二目も置かれていたんです。頭も結構良くって、いつも皆とは明らかに違う良質の服を着ていて、自分が金持ちの息子だということを鼻にかけていて、態度も大きくてね。私が小学校の時は、うちもある程度の家だったから、対等に遊んでいたりしたのが、うちが倒産して父が倒れ、貧乏のどん底になったとたんに、私は彼のいじめの対象にされてしまったんです」
「こっちは朝から晩まで働かなければならなくなったから、時間もないし、遊びの輪の中に入れてもらわなくても別になんてこともなかったけれど、たまに道で会うと必ず彼から浴びせられる言葉にひどく傷つけられましたよ。『やーい、お前なんか、勉強する時間なんてないだろう。ざまぁみろ!』。きつかったですよ、あの時は。だって本当のことですから。学校で出会うと私を指差して、周りの者たちに笑いながら言うんですよ。『あいつ、朝から、豆腐屋で働いているんだぞ。だんだん勉強だってできなくなるさ』。なんとか彼とは顔を会わさないようにと毎日願ったものです。新しい服なんて買ってもらえるはずもなく、古びたズボンをはいているのを見つけると、『おいおい、あいつのズボン見ろよ。小汚いな。あー、くせぇー』。私は唇をかんで彼の前から足早に立ち去ったものでした。そうしているうちに、中学3年生になった時に、なんと彼と同じクラスになってしまったんです。彼は私に聞こえるように『俺のところには3人も家庭教師が来てるんだぞ。英語と数学と国語と、別々に来るんだ』と言っていました」
「彼と私はクラスの中でいつも成績のトップを競っていました。それが彼には気に入らないらしく、ますます私に対するいじめがエスカレートしてきました。それは暴力ではなく言葉でのものでした。学校が終わると、私は急いでアルバイト先の古本屋へ行かねばなりません。学校の玄関で上靴を脱いでいるところに来て『お前は勉強する時間ないよな。俺のところには、これから数学の家庭教師が来るんだ」と、大きな声で言うのです。私には学校での時間しか勉強できませんでしたから、真剣にひとつ残らず先生の言葉に集中しました。幸いに夜のアルバイト先は古本屋でしたので、店番をしながらずいぶんたくさんの本を読みました。勉強したいという強い気持ちからむさぼり読んだものでした。悔しい、彼には負けられないと思う気持ちが、アルバイトが終わってから夜中まで私に勉強をさせました。そんな勉強をしている最中でも『お前には勉強する時間なんてないよな』と言う声がちらついてきて、彼が憎くて憎くて涙が止まらなくなることも何度あったかしれません。ある時なんて、おいおい大声で泣いてしまったり…。そして、高校受験では1番の難関校へクラスから彼と私が合格したんです」
「高校の3年間も、私は仕事の合い間をぬって必死に勉強しました。『今に見てろ。憎いあいつには負けられない』と。勉強した本を積み上げると、きっと床から天井までは届くと思います。自分でも感心するほど、真剣に勉強しました。そのかいあって、難関の国立大学に入れたのだと思います」
「その時、考えてみると、あれほど憎かった彼がいなければ、今の私はないと気づいたんです。憎くて憎くて仕方がなかった彼を、絶対に許すことができないと思っていた彼を、許すと思うようになっていきました。そして月日がたつにつれて、それが感謝という気持ちに変わったのです。まさに彼は私の恩人でした。今はとても彼には足を向けて眠れないという心境ですよ」
アルコールのせいか、彼は一気に私にしゃべった。
「いい話を聞きました。私にもそんな経験がありますよ。仏教では逆菩薩って言うんですってね。彼はいやな役目をしてあなたを鍛えてくれたと考える訳ですね」
「そうなんです。私のうちが倒れないで、父が病の床につかなかったら、私はのほほんとして何でも当たり前と思い、あんな風に勉強をしたでしょうか。今は過去のすべての環境に感謝したい気持ちでいっぱいですよ」
何かマイナスのことが起きると、社会が悪い、他人が悪い、何が悪いと考え、自分は不幸だと考える人たちがいる。どんな環境であろうと、それを冷静に受けとめて、その中からありがたいと考えるようになれば、幸せなことだと思う。
1つの事実が考え方しだいで、幸福にも不幸にもなる。そんな人生に対する姿勢がすべてを左右し、裏にも表にもなるのではないだろうか。
「日々是好日」という言葉があるが、私は毎日この言葉をかみしめている。
人間は皆、1人ひとりが与えられているものは違う。お金にしても、健康にしても、顔にしても、姿形にしても同じ人間はいない。平等に与えられてはいない。しかし、どうだろう時間は。時間はすべての人に平等だ。世界1のお金持ちでも、世界1の貧乏人でも、1日は24時間であり、1分は1分、1秒は1秒である。どんなに富を積んでも、1日は2日になり得ない。どんな人にも平等に1日が与えられている。今日という日は2度とはない。そうであれば、その1日、その1時間でもマイナスに考えたり、変なことに憂えたりするのは誠にもったいない。
その日、天気が良ければ「ああ、今日はなんて素晴らしい日だろう」と思い、雨が降れば降ったで、春なら「春雨じゃ濡れて行こう。ちょっと風情でも味わってみよう」とか、秋なら「雨っていいな。お天気の日にはない落ち着きを感じる。落ち葉に雨があたってキラキラして、なんて美しいんだろう」とか、プラス思考でいくと、毎日が輝いてくる。その日がまたとない良き日になるだろう。
2度と巡ってこない1分1秒を、考え方ひとつで良き時間にできるのではないか。物事に対してでも、今日しなければ、いつかその日が再び巡ってくるのであろうか。否である。1分1秒を大事にしたい。
今日は再び巡ってはこない。昨日のこと、過去のことをいろいろと悔やんだり、明日や将来のことを取り越し苦労をして憂うことはないのではないか。
今日のほかに人生はない。1日1日を人生と思うようにしたい。朝、目が覚めた時は生まれたと思い、夜、目を閉じた時は死んだと思う。釈迦の言葉で「過去を追うな。未来を願うな。ただ今日なすべきことを熱心になせ」とある。考え方ひとつで、見方ひとつで、現在、ただいまの中に幸せをしみじみと味わうことは確実にできると思う。
【札幌タイムス2004年1月22日(木)(21日発行)から、許可を得て転載】





