社会に貢献する素晴らしい人間作りに協力します。|池上公介の教育論|2003年度札幌タイムス掲載(全記事掲載中)

【第44回】
セカンド・チャンス。今春開校する池上学院高等学校でやり直そう

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とうとう池上学院高等学校が今春4月1日に開校となる。3月27日には開校祝賀会が催されることになった。沖縄をはじめ関東、関西、新潟など全国各地から出席の返事が届き始めた。皆さんに祝福されて、本当にありがたいことと感慨に耐えない。

ここまでたどり着いた日々を振り返ってみた。

35年前、私はトップ・エリートを育てるために、池上イングリッシュ・クラブをスタートさせた。理想的な英語教育を模索していた時だった。受験英語と英会話とは全く別のものとして動いているのが、どうも私には腑(ふ)に落ちなかった。

正しい英語教育をすれば、英語の教え方はひとつではないか。それをやってみようと、小学校の5、6年生を対象にして、私の英語教育は始まった。一般募集は一切やらず、こっそり隠してやることにした。子どもたちはしっかりと成長してくれた。彼らが中学校に入った時、その反響はすごかった。英語を話す力、聴く力、そして文法の基礎もできている生徒たちが、各学校で話題となった。札幌だけでなく地方都市からも、私の英語教育を求める生徒が殺到した。例年、いろんな英語の弁論大会で、私の生徒たちが優勝、準優勝を取っていった。そんなことで、私は英語のエリート教育1本に絞ってやって行こうと心に決めた。

ところが、ところがである。20年前のテレビのニュースがそんな私を変えるとは思ってもみなかった。

北海道にひとつしかなかった中学浪人生の予備校が計画倒産をして、15の春を泣いた子どもたちが放り出されたというニュースに接した時、それなら私がこの子たちを助けようと考えた。ほとんどが、トップ高校を落ちた生徒たちだった。

私財を投じて、手探りで始めた中学浪人生との1年間は本当に大変で、家内と2人でオイオイ泣いてしまったこともあった。4年目の春に、もっともっと大変な子どもたちがいるのを知らされた。がんの病いにあった母親が、どうしても自分の子どもに会ってほしいと私の元に現れた。その子は北海道方式と言われるランク成績でMランクだった。中学3年間、オール1の少年との出会いだった。

どこの高校を受けても落ちて「分からない授業を1時間聞くつらさを、母さんは分からないだろう」と言って泣いたという。その彼をはじめとして、私が出会った学力不振とレッテルを貼られた子は、どの子も素晴らしい子だった。池上方式と言われる個別指導によって、落ちこぼれと言われた子どもたちが見事に変身していった。

教育次第で子どもたちはどんな風にでも伸びていくことを、つくづく知らされたのもこの時だった。非行と言われる子どもたちも、環境によってそうなっただけで、元々はみんな良いものを持っているのだった。

そして、月日が流れて行くにつれて、不登校の生徒たちが増え出した。子どもはみんな学ぶ喜び、分かる喜びを持って生まれているのだ。不登校の子どもたちも、ほとんどが生き生きと通学できるようになっていった。

学力不振の子も、非行だった子も、不登校だった子も、教育次第で奇跡の大逆転を見事に私に見せてくれた。しかし、私の元を出て行く時、ずいぶん、たくさんの生徒や保護者の方々から「どうしてここが高校でないんですか」「これからどうすればいいんですか?」と問われて、返事ができないことがたびたびあったものだ。

通信簿や偏差値だけで判断されて、せっかく基礎ができた生徒たちが、生き生きとした高校生活を送れないでいることを知って、どうすればよいのか、私は何年も悩んだ。何か方法はないのだろうかと考えた末に、通信制サポート校を開校しようと思い立った。今から6年前のことだ。東北・北海道で初の通信制サポート校「札幌高等学院」をスタートさせた。

生徒たちを通信制高校に所属させて、あとの授業や高校生活のすべてはサポート校がやるのだ。これによって、いろんなことが解決できた。いろんな生徒たちが生き生きと高校生活を過ごせるようになり、私もとてもうれしかった。

ところが問題がひとつあった。それは保護者の方々に経済的負担が大きくかかることであった。通信制高校とサポート校の2つに所属する、つまり、ダブル・スクールになるわけで、両校に入学金と授業料を納めなければならないのだ。中学校の先生からも「ぜひ、お宅に通わせたい生徒が2人いるんです。でも、1人はいいのですが、もう1人はあまり経済的に余裕がないので、通わすわけにはいかないんですよ。何とかならないものですかね」と言われるようになった。

こんな話を聞くと、私は胸が痛くなった。どうしたらいいのか、何かいい方法はないのか。私は悩みに悩み、考えに考えた。

「この解決には、自分で高校をつくるほかには方法がない。なんとしても、この子たちのために高校をつくろう」

3年前のある日、私はついに決心をした。決心はしたものの、高校をつくるということは並大抵のことではない。調べれば調べるほど、たくさんの問題が山積していた。しかし、不登校、学力不振、中途退学の子どもたちを助けるには、自分で高校をつくるしかないと悟った時、そのエネルギーはたくさんの難関を突破させてくれた。

この4月1日、池上学院高等学校が開校する。通信制と単位制の柔軟性を十分に取り入れることによって、ユニークな高校となる。

過去は何も心配しなくてもよいのだ。通信簿の成績も、出席日数も関係がない。学力による入試もない。面接だけ。本人が充実した高校生活を送りたいという強い意思があればいいのだ。

どの生徒さんにも、セカンド・チャンスを与えるのだ。勉強も取り戻そうよ。過去も取り戻そうよ、というわけだ。

コースも2つのコースが設けられる。総合コースは毎日通って、朝から午後まで勉強する。それも池上学院が20年培ってきた個別指導が随所に展開される。その生徒、生徒の分かるところから教えてもらえるのだ。たとえば中学1年から不登校の生徒だったら、中学1年から教えてもらえるのだ。学力不振だった子は希望すれば、小学校からやり直しもできる。また、高校3年で大学受験を目指す生徒は、池上学院の大学受験予備校の授業を受けることができる。

修学旅行、遠足、スキー授業、芸術鑑賞、ボランティア活動、いろんな行事がふんだんにあり、サークル活動も楽しくできる。寮もあるので、先週も函館から母親と真面目そうな女の子が面談に来た。

女子高に入ったのだが、真面目すぎてクラスの中で浮いてしまい、非行気味のグループからひどいいじめに遭い、とうとう不登校、引きこもりになってしまった。そうして2年間が経過して、このごろようやく立ち直りだした。インターネットで自分にふさわしい高校が開設されるのを知って、いても立ってもいられなくなり、函館から飛んで来たと言う。

「過去を取り戻したいんです。高校生活を1からやってみたいんです。制服も着てみたいし、少し流行遅れだけど、ルーズソックスもはいてみたいんです」と、その子は恥ずかしそうにほほえみながら私に言った。

昨日は群馬県の小さな町から、母親と端正な顔をした青年が来た。18歳だという。高校に入った頃は目覚めていず、非行に走ってすぐ退学。その後、暴走族をやっていたが、これじゃだめだと悟ったものの、その町にいたら昔の不良仲間がいる。新しい自分をつくるために、町を出ようと思っていた時、札幌に池上学院高等学校ができることを知り、すぐにやって来たという。「高校1年生からやり直しをしたいんです」と、決意を述べた彼のきりっとしまった顔は輝いて見えた。

今日やって来た今年中学を卒業する女の子は、通信簿は3年間オール1。真面目でおとなしく、うつむき加減な自信のなさそうな顔で、訴えるようにこう言った。

「勉強が分かりたいんです」

学力不振で中学3年間、分からない授業を聞いていて、どんなにつらかったことだろう。

「大丈夫。1からやり直しをしようね」

もうひとつのコースは一般コース。年間20日間だけの通学スクーリングがあり、あとはリポート提出と試験だけ。どうしても毎日通学ができない人や、仕事をしながら、アルバイトをしながら、高校を卒業したい人たちのためにある。また、勉強が分からなければ、いつでも聞きに来ることができるのだ。親切に丁寧に先生が教えてくれる。学費は私立の入学先でも30万円だが、一般コースは1年間の学費が20数万円ですむのだ。この不況で、経済的理由で高校をやめなければならない生徒さんが、池上学院高等学校に転校して、高校を続けて卒業できるのだ。

いろんな人たちを助けたい。池上学院高等学校には、セカンド・チャンスがあることを知ってほしい。

【札幌タイムス2004年3月4日(木)(5日発行)から、許可を得て転載】

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