社会に貢献する素晴らしい人間作りに協力します。|池上公介の教育論|2003年度札幌タイムス掲載(全記事掲載中)

【第46回】
幸せの扉。問題、苦難は解決できるからその人に与えられる

一覧に戻る

”苦労は買ってでもしろ”と昔から言われてきた。しかし、なるべくなら苦労はしたくないという人たちが、一般的ではないだろうか。ところが、誰にでも必ず苦難や問題が起きるのである。

普通、人は苦労や苦難を恐れて、嫌っている。できるだけ無ければ良いと思っていることは、特に病気、災難、貧苦など。また、家庭内のトラブル、商売上や仕事での問題など、数えていくと限りがない。

しかし、それは全て天から与えられた試練なのではないだろうか。必ず、それぞれの悩みには原因があっての結果であろう。生活上の不自然さ、心のゆがみの反映であり、危険信号で知らせてくれているのである。

それに気が付いて、生活なり、考え方を修正する努力を積み重ねることにより、必ずいかなる問題も克服できる。そして、幸せの日々につながっていくのではないか。

実はいかなる問題も、その人に解決できるから、天からその人に与えられるのだと思う。

私の経験からも、今までの人生を振り返ってみると、実に多くの問題や試練が与えられ、それに挑戦してきた。そしてその問題を乗り越えたとき、必ず素晴らしい世界があった。そして、ひとまわりも、ふたまわりも自分が成長したことに気付いたものだ。

今から20年前に、池上学院を開校したときの1年間は、まさにその典型のようなものであった。

明治から続いていた老舗の食料品問屋を継ぐため、私は東京の大学を出てすぐに入社した。大学時代に英語の通訳として活躍していた私には、航空会社や商社など、随分と引き合いがあった。友人たちはなぜ札幌に戻るのか理解できない、と異口同音に言った。私は外で活躍したい思いもあったが、28歳で夫が戦死して、1人で頑張って私を支えてきた母の苦労を思うと、そんなことはできなかった。その当時、社長であった私の祖父は、大学出の私を倉庫から仕事をさせた。重い荷物を担いで、一従業員として汗を流す日々が続いた。それから配達。トラックの助手席に乗って市内、地方の配送をして、そのうち、自分で車の運転をするようになった。給料も全て従業員と同じであった。

お得意先の商店に、商品を担いで「毎度、ありがとうございます」と入って行く。相手は私を息子だとは誰も分からないので、生の声をぶつけてくる。店のおかみさんには「あんたのところ、遅いからもう他に頼んでしまったから、もういらないよ。さっさと持って帰って!」「すみません。車が渋滞してしまって、少し遅れてしまいました。何とかお願いします」

私は深々と頭を下げた。

「本当にしょうがないね。今度から絶対に遅れないでよ。また遅れたら、もう取引しないからね。じゃ、置いていきなさい」

こんな会話がずいぶんとあったものだ。そして、営業をするようになった。相手がどんなに横柄な態度を取ろうと、理不尽なことを言おうと、お得意先に対しては、ぐっと我慢をしなければならなかった。

この時代の苦労は、どんなに大切なことだったろう。後になって考えてみると、本当にありがたかった、とつくづく思う。大学を出て、すぐに息子だからと言って、上の仕事に入ってしまっていたら、どうであったろう。何も分からないままで、大事な時間を過ごしてしまっていたかも知れない。

あのときの苦労はまさに宝であった。祖父や母に感謝である。安い給料の中でのやりくり、徹底した質素倹約の生活、その中で何とか貯金をして行ったものだ。祖父は私に外国語を仕事上で使うことを厳禁した。私が外国語を使うことによって、容易に高ギャラが入ることによって、真の苦労はできないと考えたのであろう。

私の初任給は月額1万5千円、そして家内は8千5百円だったと記憶している。私が教育の世界に入って行く前に経験したこの月日は、池上学院をやっていく中で、どんなに大きな力になっていたかをつくづくと感じる。苦労は買ってでもしろである。

20年前、札幌で1校しかなかった中学浪人生の予備校が計画倒産をして、15の春を泣いた子どもたちが放り出されたというニュースを知って、私は本当に衝撃を受けた。そして、まわりの猛反対を受けたが、私はどうしても自分が助けなければという強い思いから、私財を投げうって池上学院を開校した。

妻と私は、寮生も抱えていたので、朝から晩まで一生懸命に頑張った。妻が食事を作り、私が配膳をしていたなどとは、今は誰からも信じてもらえないだろう。

しかし、どうしたわけか初めての1年目、次から次へと色々な災難が降りかかってきた。あまりのすごさに、妻は「お願いだからもう止めてほしい」と悲鳴をあげた。「何で私たちがこんな目に会わなければならないの」。私も妻も、胃も腸もおかしくなって、立ち上がれない日もあった。

父兄とのトラブル、教師の問題、生徒が引き起こすトラブル。次から次へと、口では表現できないほどの問題が起こってきたのだ。私も少しはいいことをやってるはずなのに、どうしてこんな目にあわなければならないのか、不思議でならなかった。

しかし、あとになって考えてみると、どの問題も、どの災難も、全て私が解決することによって大きな力や経験となった。

それから20年、いかなる問題が発生しても、全て最初の1年間で経験済みなので、あらゆる対処ができるのである。

本当に口では表現できないほど、いろんな問題が起きた。どうしてなのかと考えたとき、まだ何の実力もなかった私に、天はいろんな試練を与えてくれたのだと気がついた。そして、それぞれの問題と取り組み、解決することで真の実力が付くのであろう。

最初の1年はたった18名の生徒たちであった。それなのに、あまりにも大変な試練の連続であった。何でこんな小さな中学浪人生の予備校に、こんなに大変な問題が起こるのか、意味が分からなかったが、それは天が、私にもっといろんな方面での教育をさせるための恵みだった、と後になって気が付いた。

いかなる問題も、その人間が克復できるからその人に与えられるのだ。

苦難は天が私たちに与えてくれる恵みであり、ここに真の幸せの扉があるのだ。押して押して行けば、それは必ず開かれる。そしてそれが開かれたとき、そこには幸せの空間がある。ところが次にまた、もっと重い扉が待っている。しかし、待ってましたとばかりに、その重い扉を強く押し開いていきたいものだ。人生とはその連続だ。

【札幌タイムス2004年3月18日(木)(17日発行)から、許可を得て転載】

このページのトップへ

大学受験科夜間個別指導科池上オープンスクール高卒認定試験科高校再受験科
ホーム資料請求お問い合わせサイトマップ

個別面談受付中 TEL0120-372-059 お気軽にお問い合わせください。

<オンラインでの申し込みはこちら>資料請求

プライバシーポリシー

Copyright(C) 2008 IKEGAMI GAKUIN. All rights reserved.