【第47回】
短気は損気。私も数々の失敗、平常心保つことが大切
いかなる時においても常に平静を保つ、平常心を持つことが大切なのは誰もが知識としては知っている。しかし、現実となると、すぐカーッとなってしまって、後で後悔することが多いのではないか。
若気のいたりで、私も今までにずいぶん、平静を保つことができずに口論をしてしまったり、大声を上げたりしたことがあった。しかしそれも年齢とともに少なくなっていった。10代、20代と己を制御できずに失敗を繰り返し、30代になると、たいていのことでは激することなどなくなっていった。
ところが、雪どけのある日のことだった。少し春の日差しが強く、ぽかぽかとしてきたので、私は車の窓を開けて運転をしていた。
暖かい春風が車中に入り込み、それがほほをなぜてとても爽快な気分になり、鼻歌をも口ずさみたい気分であった。「ああ、やっぱり春はいいなぁ」と思った瞬間、突然頭から泥水がドバッとかかり、顔からYシャツ、スーツまで、泥水だらけになった。フロントガラスも真っ黒になった。1台の車が私の車の横を通り抜けて行った。
なんて言うことだ。雪解けの水たまりの所はゆっくりと走るべきなのに、スピードを緩めず水しぶきを上げて通り過ぎたのだ。許せない。私は頭に来てしまった。私も車のスピードを上げて、私を泥水だらけにしたその車を追った。その運転手の車は何も気が付かずドンドン車を走らせている。私は益々怒りが増してきた。ようやく追いついた所で「ブーブー」と車のクラクションを鳴らし、その車の前に出て急ブレーキをかけて止めた。その車の運転手も気が付いて車を止めた。私はすごい剣幕で、それも大声でどなりつけた。
あっ、なんと車の主は私の知人だったのだ。しょっちゅう私のところに来ている営業マンの1人だった。
「あれ、池上さん、どうかしましたか。エッ、私が泥水をかけたんですか、申し訳ありません。全然気が付きませんでした」
「いや、あんただったとは…」
振り上げたこぶしのやり場に困ってしまった。
私はとても気まずい思いをした。私のすごい剣幕、激した姿を見せてしまったのだ。もうそれは消すことができない。
その後、彼は新しいYシャツとスーツの洗濯代としてかなりの額のお金をわび代として持って来た。
それ以来、もう絶対に激してはいけないと心に決めた。それから10年、40代に入った半ばのことであった。また私は大失敗、恥ずかしい思いをしてしまった。
出産のとき以外は入院などしたことのない家内が、胃をいためて入院したことがあった。1カ月の入院の後、無事回復して退院することができた。たくさんの方々から、お見舞いをいただいたり心配をかけたりしたので、快気祝いを送らなければと、私と家内でデパートに行き、いろいろと考えて快気祝いの品を定めた。今は物があふれている時代だから、なくなるものがいい、やはり食べ物がいいとお菓子を送った。
それが、とても好評で皆さんから「あれはとてもおいしかった」とほめていただいた。
妻の仲良くしている奥様グループの皆さんにも当然贈ったのだが、1人の奥さんにはそれが届いていないことが、ひょんなことから分かった。
その奥様グループでお茶をしたとき、うちの快気祝いが話題になったのだそうだ。
「あれはなかなかおいしかったわね」
「私、あれがとてもおいしかったので、買いに行ったのよ」などと皆で話をしていたところ、1人の奥さんが「それは何のことなの」と聞いた。
「ほら、池上さんのところの快気祝いのお菓子のことよ」
「あら、私はいただいてないわ」
「そんなことないわよ。変ね。だってもうあれからだいぶたっているから、まだ届いてないということはないし…」
「それ、届いてないって言った方がいいんじゃないの」
「いやいや、私はいいのよ」
なんてことになり、その奥さんは自分から言い出すわけはないだろうと、ほかの奥さんからうちに電話があった。(届いてなかった奥様を仮名で山咲花子さんとさせてもらう)
「先日の快気祝いが山咲さんに届いてないんですって。あなた調べてもらえるかしら」と妻は私に頼んだ。私はすぐデパートの係に連絡して山咲さんに届いていない旨を話した。デパートの係からすぐ返事があり、山咲さんにはとっくに届けてあり、領収のサインももらっていますということであった。妻がすぐ山咲さんにそのことを電話で連絡した。
山咲さんの奥さんは「あっ、そうですか。でも私にはお宅から快気祝いが届いた記憶が全然ないんですよね。どこで、どうなっているのかしら。ちゃんと山咲って領収のサインもあるんですよね。主人にも聞いたんですよ。もしかして主人が受け取っていたかもしれないから。でも主人も全く知らないっていうんです。不思議なこともあるもんですね。誰が領収のサインをしたのかしら。そしてそのお菓子はどこにあるのでしょう。あら、ちょっと待って下さい。もしかしたら、確か同じ町内にもう一軒、山咲ってお宅があるって聞いたことがあるわ。でも下の名前が違うでしょうから、間違ってそちらが受け取るはずがないでしょう」
「えっ、もう一軒、山咲さんが同じ町内にいるんですか。もしかしたら…。すぐデパートにもう一度確かめさせます」
デパートが調べた結果同じ町内の山咲さんにおいしいお菓子が届いていたことが判明した。なんと言うことだ。もう3週間もたっている。山咲まで同じでも、下の名前が違っているし、分からない人から快気祝いが届いたら、自分のところではないと受け取るべきではない。そして分からずに受け取ったなら、デパートにすぐ連絡するべきだ。
許されない。久しぶりに私の怒りが燃え出た。私がすぐデパートから聞いた番号に電話をかけようとした時、妻が私を制した。
「駄目よ。あなたそんなに興奮したら。私が電話しますから、私にまかせてください。これは私の快気祝いですから」
そう言われてみればそうだと思い、私は彼女にまかせた。
電話の主と妻は話し出した。妻はとても静かに落ち着いて話している。どうも奥さんと話しているらしい。同じ山咲でも自分のうちではないと言うことはすぐ分かったらしい。しかし、子どもが包装紙をすぐやぶってお菓子に手をつけ、もうすでに全部食べてしまったと言うのだ。妻はその話を聞きながらとてもたんたんと話し続けている。
「そうでしたか。そのときに、私どもにお電話だけでもしていただけましたら…」
側で聞いていた私はいらいらして来た。なんという奥さんだ。もう許せない。それなのにうちの家内は本当にもの静かに話し続けている。
「だめだ、そんなことでは。私が出る」
私はとうとう激してしまい、妻から受話器を強引に取った。
「あんたはなんだ!」と私はどなり出した。
「すみません。買って返しますから」
「そんなことは当たり前だ」
ガチャンと私は電話を切った。
「本当に困ったもんだ。あんな女は許せない」と私が妻に言うと「それにしても、あなた、あんな言い方はだめよ」
「だめな訳はない。あのくらい言わないと分からないんだ」
「正しいことを言うときは、うんと冷静に言うべきよ。絶対あなたの言い方はだめよ」
「あっ!」
妻の言う通りだったのだ。
「どうしたの、あなたそんなに驚いて」
「しまった。もしかしたら…どうしよう」
「どうしたの、そんなにあわてて何を探しているの」
「じゅ、じゅ、住所録だよ。あっ、あったあった、えーっと、山咲、山咲太郎、あった。住所は札幌市東区…。わぁー、あの人は山咲太郎君の奥さんだぁー」
「どうしたの、そんなに大声を上げて」
「いやー気が付かなかった。山咲花子さんの同じ町内にいた山咲さんは私の知人の山咲太郎さんの奥さんだったんだよ。奥さんは私だということは分かっていたはずだぞ。あっちの方が悪いことは悪いけど…。どうしよう。恥ずかしくてもう山咲太郎君には会えないよ」
「だから言ったでしょう。自分が正しければ正しいほど、冷静に対応しなければいけないって…」
そんなことは百も承知だから泥水をかけられた時から10年間、絶対に激さないようにしていたのに。
「ああ、どうして山咲太郎君のうちの子どもたち、あのお菓子を食べちゃったんだろう。奥さんもすぐに電話してくれればよかったのに。どうして同じ町内に知ってる山咲さん、2軒もあるんだろう」
いくら悔んでも後の祭りとはこのこと。あれ以来、私は山咲太郎さんとは会っていない。とても顔を合わすことができないのだ。
そして、それから10数年、どんな場合でも己を制御してきた。どこかで知らない人と、もし、すごいケンカでもしたら、何年か後にその人の子どもとうちの子どもが結婚相手になるかもしれない。また、孫たちだって、どんな人と出会うことになるかも知れない。そんな時「あの人、あんたのおじいさん。30年前にひどいことがあったんだよ」なんてことにならない保証はどこにもない。
とにかく、短気は損気である。たとえ相手がどうであろうと、心して己の気持ちを制御することが大切だ。
【札幌タイムス2004年3月25日(木)(24日発行)から、許可を得て転載】





